福島県の海沿いを走る、常磐線の木戸駅に着きました。
待合室へ入ると、ベンチに座布団が敷かれています。誰が作ったのか、駅名を縫いつけた座布団でした。しかも、「木戸えき」と「木戸駅」の2種類あります。
なぜ「駅」だけをひらがなにしたのか。もしかすると、漢字は画数が多く、点画が入り組んでいるから、こなしやすいひらがなを選んだのかもしれません。ということは、最初に作ったのは「木戸駅」でしょうか。一枚作り終えたところで、これは大変だとなって、次からはひらがなの「えき」にして、手早く縫い上げた線が浮かんできます。
けれどもよく見ると、かな交じりと漢字のみとでは、書き振りが異なります。それは「戸」の一画目をくらべると分かります。前者は点を打ちますが、後者は線で書かれています。つまり、作者は2人いるのではないでしょうか。
おのおの下書きをして、文字の型紙を作り、布を裁断して縫いつけた。仕上げて持ち寄ったら、「駅」だけ違う座布団が並んだというのが本当かもしれません。駅のために何かしたい気持ちは同じです。ただ、文字が一つ違いました。
立春を過ぎた頃で、まだ外の風は冷たく、こうして列車を待つ間、座布団があると助かります。けれども丹精込めて縫い上げた文字を、下に敷いて座ることはできません。それに、なんとなく見ているだけで温むようで、しばらく寒さがしのげるような気もします。
時に旅先で、こうしたもてなしを受けると、外から来た者は思わず目が潤んでしまいます。忘れがたい駅がまた一つ増えました。