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公益社団法人日本サインデザイン協会(SDA)

日本サインデザイン協会

公益社団法人日本サインデザイン協会(SDA)は
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日本サインデザイン大賞2023

2023サインデザイン大賞 / 中央区立郷土資料館

SDA Award 2023中央区立郷土資料館

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「私が最近心動かすこと」  横田 保生

新型コロナウィルスに対する初めての緊急事態宣言が出てからもう直ぐ一年になろうとしています。お陰様で僕の周りにはそれで入院したという人は見かけませんが、それでも三密を避けて家に閉じこもる生活が続いています。こうとなっては今まで出来なかったことをやってやろうというのが今の心境で、先ずはテーブルに新聞を広げて読み出すのが毎朝の習慣になりました。

 

僕は一昨年までの6年間を上海での単身赴任生活で過ごしました。

この時期の中国経済は急激な上り調子です。上海の街は活気に溢れ、食べ物は美味しいし、文化面でも大型現代美術館が続々誕生するなど刺激的で魅力的な街でした。ただ、ジャーナリズムは既に絶滅危惧種でしたから中国の標榜する特色ある社会主義に沿わない情報は概ね市民に届いて来ません。その情報飢餓経験の反動で毎日新聞を読むようになったのかなあとも思いますが、どうもそれだけじゃありません。気に入りのソファと白木のテーブルと窓からの朝日を具えてコーヒーを飲みながら新聞を読んで過ごす時間を結構楽しみにしている自分に気づかされます。

 

繰り返しますが、僕は上海が好きです。でも生活環境の拙速さは最後まで馴染めませんでした。6年間で住居を3回借り換えましたが、最後に住んだマンションは会社からの補助も出て大変立派なところでした。広い風呂場など床暖房付きの総大理石造りです。スペックはかなり高い。とにかく遠目は豪華ピカイチ、フォトジェニックです。

でも実態は違います。上海の賃貸マンションは基本的に家具付きですが見栄え先行です。安易な塗装、異常に重いガラスの天板、信頼性・合理性に欠けるものばかりで気に入ったものは一つもない。錆色のついた水道水、グレートファイアーウォールで検閲され外国が制御遮断されたインターネット、パッキンは入っているのに隙間風や騒音の絶えない窓枠、いつも引っかかって靴下に穴を開ける床の見切り金具。プラグが入りにくいコンセントを開けるとハンダ付はいうに及ばず220V対応の太い単線を捻りもかけずに結線しているので緩んで中身が遊んでいる。中でも水栓金具の質の悪さは秀逸で、何とか使える(大家に文句が言えない)のだけれど漏れなくストレスがついてくる。水跡は白く残り、薄いメッキは直ぐに浮いてくる、スレンレス製自在ホースの中のゴム管は硬化して微妙に水漏れ。バスタブの水栓も同様。ついに我慢できず、自費で交換しました。

今思うと毎週何かを修理調整していた気がします。僕は元々磨きをかけたり修理したりすることが好きで、物が生き返って本来の能力を再び発揮するのを見ると心の底から喜びを感じます。でも中国ではそれが達成感に繋がらなかった。

 

生活の道具というものは居住空間も含めてその実態と使い方が表裏一体となっています。使い方は洗練されて作法となるでしょう。そして根底にはそれを生み出す独自の文化があります。例えば、掃除は清掃人に任せて自分は使いっぱなしというモノとの付き合い方が、僕がこの文化に馴染めなかった理由かもしれません。ずいぶん前ですが、中国の友人と鍋を囲んで煮魚を食べている時のこと。僕は除ききれずに頬張ってしまった骨を口から引き抜いて自分の取皿の隅に置いていましたが、彼がじっとそれを見ています。ちょっと絶えられなくなって、中国人は肉をしゃぶった後の骨をテーブルに捨ててそのまま出ていくよねと言ったら、口から吐き出したものを皿に戻すのもどうかと思うと冗談顔で切り返されました。・・・そういう切り口もあったんだ。だから白木の食卓天板が無い訳だ。でも僕はメンテナンス不要のプラスチックの食器やメラミンの食卓は嫌なんです。寿司屋の白木のカウンターに憧れる一人です。

 

東京に戻ったら上海で出来なかったアレをやりたい、コレもやりたいと思っていましたが、巣篭もり生活になっても出来ることとして、身の回りに具えるモノと作法の見直しを行っています。新聞を開いて読む白木のテーブルのエージングケアもその一つです。もう27年の付き合いですが最近特に木目の良い風合いが出て安定してきました。38ミリ厚のただのオークの集成材です。太い導管は磨かれ続け凸凹が目立ち始めて触感が楽しめるようになりました。これがなかなかいいんだなあ。