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SDA賞SDA賞

第44回(2010年)SDA賞 受賞作

審査評

横田保生
社団法人日本サインデザイン協会会長
SDA賞審査委員長
 高度に集積化した都市には新種の施設が増えてきている。一方、サインシステムは、不特定な多数を利用者に想定した鉄道や博覧会などに於いて研究され、それが未だサインシステムの基本形をなしている。利用者が限定できたり、それほど広くはない施設に於いてまで総合型のシステムを組む必要はない。時代の要請する新たな施設の特性を生かした合理的なサインシステムがもっと開発されてしかるべきであると常々考えていた。
 SDA大賞を受賞した「9h nine hoursのサイン計画」は、施設利用者の行動をピクトグラムを主体としたサインシステムで制御しようとした意欲的な作品であり、これに見事に応えてくれた。矢印とアイコンが一体となった軽い表情のピクトグラムを考案し、これを指示対象物の一々に配置することで個人の行動を示唆し制御している。このシンプルな表現が群として環境に散りばめられたとき、ピクトグラムの持つ意味伝達機能を超えて、この施設全体を貫く新しい宿泊形態の理念を顕在化し、利用者のビヘイビア形成の核となっていることを感じる。
 この他にも意味情報のみならず、イメージ情報をも集約して力強く伝えている優れた作品が多かった。「山と風 道の駅よしおか温泉サイン計画」と「松丸本舗」は、核となるイメージが非常に抽象的であるにも拘わらず、瞬時に飲み込みやすく伝達し、利用者が施設と対峙したときの心構え作りを上手く誘導した心に響くサインである。「新日本製鐵君津製鐵所 東門」は、全体から部分まで一貫して形鋼をイメージさせる製鉄所ならではの分かりやすいイメージづくりが行われた。ロゴ底面の目地を消すことが出来ればもっと良くなったと思う。惜しくも大賞を逃した「来航時限定の天神ジャックサイン」はまさに時代の要求するサインである。手持ちマップと併用して現地情報を伝える中国語サインは、福岡の迎賓の心を良く表している。これが官民共同で行えたことは快挙であった。
青木 淳
株式会社青木淳建築計画事務所
 いかにさりげなく、誘導されているという気持ちを与えずに、でもしっかりと誘導する。それが、サインのひとつの美学だ。まず、誘導されているという事態が愉快なものではない。自分の自由意思ではなく、誰かの意思で小突かれ、歩かされているような気分は、誰にとっても嫌なもの。また、サインは、それが指し示している内容を伝えることが使命なのだから、それ自体が浮いて目立つのは本末転倒。よくできた空間なら、サインがなくても、だいたいのところ、どう行けばいいのかわかる。サインが溢れているのは、つまりは、空間が悪いということだ。
 ところが、今年の応募になかに、こうした穏健なサイン観に、真っ正面から食ってかかった作品があった。「9h nine hours」である。ピクトグラム、矢印、数字が空間に跳梁跋扈している。白の地ならサインは黒、黒の地なら白のサイン。迷いようもない、という以上に、なにか首根っこを掴まれて、めざすところまで連れて行かれているよう。それを確信犯的に行っている。当然のことながら、賛否両論、意見は真っ二つに分かれた。
 そのくらいに議論を招く刺激的な作品なのだから、それだけで大賞に値する。もっとも、重要なのは顕彰そのものではなく、議論の行く末だ。さて、これはサインの可能性を広げたものなのか、それともサインの鉄則を逆手にとったジョークなのか。ぼくからすれば、これが空間のニュートラル化とセットになっていることが気になる。ロッカーやカプセルが、ひどく無機的に並んでいる。非人間的で、とてつもなく冷たい。そして、それも確信犯的に行われている。非日常的な空間をつくれれば、それはひとつのデザインになる、という考えが、たぶんここにはある。そういうなかでは、サインがなければ、どこにも辿り着けない。だから、この空間においては、このサイン計画は正解。実は、このプロジェクトの胆は、むしろ、こうした空間のつくり方にある。
小泉 誠
Koizumi Studio
 今年の春、仕事で京都の施工現場に通った。現場も遅くなり新しいホテルが出来たとのことで、今回大賞受賞の「9h」に泊まる機会を得た。白くストイックな空間は街並に浮いてはいるものの、一般的にイメージする「カプセルホテル」という印象からはかけ離れ、さわやかな清潔感を感じた。ここでは真っ白い空間の中にサインという「情報」のみが浮き立ち、ピクトグラム化したサインが必要な場所に、強く美しく構成されている。そして、そのサインの背景をつくるように白い空間が構築されていた。つまり「情報」が主体となって空間が構成されている新しいスタイルの商業施設となっている。宿泊時には、このサインのおかげで、「カプセルホテル」というシステムが初体験だったにも関わらず、まったく迷う事も不安を抱く事も無く一夜を過ごすことができた。京都には海外の観光客も多く、ピクトグラムを多用した「情報」空間は地域の状況にも対応し、優れた環境計画となっていた。
 そして、今年の応募で特徴的だった事がある。昨年、大賞を受賞した基山小学校は、使用する小学生達が参加しながらサインをつくるという「使用者参加型」サインだった。今年もその影響なのか「参加型」サインが多く応募されていた。これは思考を真似したコピーではなく、サインのあり方の一つとして「参加型」サインが既にスタンダード化してきているようだ。これはSDA賞が、優れたサインを評価し伝達する事で新たなスタンダードを生み、SDAの活動としての大きな役目となったのではないかと思う。小泉誠賞の「児童養護施設 至誠大地の家」も「参加型」サインでありながら、昨年の大賞作品とは全く違うアプローチを行い、オリジナルティーを強く感じたので審査員賞としての票を投じた。
佐藤 卓
佐藤卓デザイン事務所
 サインデザインは、人を誘導することを目的にしている。ただし、サインで誘導されるのが「人」である以上、サインを見る「人の側の感情」というものを無視した一方的なデザインはあり得ない。人には見て感じるクオリアがある。もはや「人を誘導する」という傲慢な言葉の響きは間違っていて、本当は「人の気持ちを誘導する」という言い方が正しい。
 審査を終えて、まったく対照的に人の気持ちを誘導している優れた仕事として次の2点が印象的だった。まずひとつは、大賞に選ばれた「9h nine hours」。
そしてその対照的なものとして最優秀賞に入った「松丸本舗」である。
 「9h nine hours」は、カプセルホテルの新しいルールを、システマティックなサインで利用者に気持ちよく伝えている。ただ単に機能的であればよいのであればもっと効率的な方法があるはずだが、ここで評価されるべきポイントは、無駄のない機能的なカプセルホテルの「気持ちよさ」である。このような最小スペースでは情緒的な空間よりも予め準備された、まるで宇宙船のシステムに身体を委ねるかのような気持ちよさの方がしっくりくる。
 それとは真逆の「松丸本舗」は、通常であれば整理整頓されていなければならない本屋の本棚を、まったく異なるコンテクストで提示して見せている。本棚には段差があり、整列している本の手前に、異なる本の平積み。本の間に立体は置かれるし、手書きの文字が流れる。もはや、空間、本棚、サイン、そして主役の本が見た事が無い空間として迫ってくる。とかく「分かりやすく」する方向に陥りがちな店頭を、一見しただけでは「分からない」空間にまとめあげている。これは古本屋やアンティークショップで体験する、あの独特な感覚に近い。本を購入するだけであれば今やネットで済む。「足を運ぶ」ということの意味。この空間が、これから店舗デザインが避けて通れないひとつのヒントを見せてくれている。
下川一哉
日経BP社
日経デザイン編集長
 今年で2年目の審査に当たった。昨年の審査で、サインデザインの領域の広さと、効果の及ぶ深度に驚かされたが、今年はその思いをさらに深めながら、サインデザインの可能性の大きさを思い知らされた。サインデザインはまさにソリューションであり、最小限の表現と素材で大きな効果を得られるという点で、エコデザインやユニバーサルデザインの分野を強くリードできるデザインである。
 サインデザイン大賞/経済産業大臣賞を受賞した「9h nine hours」は、まさにそうしたサインデザインの力を示した事例と言える。暗く、狭く、寂しいイメージを負っていたカプセルホテルを、明るく静かで快適なサービス空間に一変させたサインデザインの事例だ。ユーザーの快適性を確保するだけでなく、カプセルホテルというビジネスが抱えてきた問題を解決し、新たな可能性をほぼサインデザインだけで明示している。これは今年の審査の中で最大の驚きだった。
 また、サインデザインが、空間における人々の誘導を主目的にしながら、コミュニティーを創造することを求められていることにも気付いた。1企業の施設であれば、サインにもCI(コーポレートアイデンティティー)として機能が欲しいに違いない。『LAMPS ? OLD&NEW ?』では、自動車メーカーのアイデンティティーを自動車のランプに見出し、建造物内での誘導に用いるだけでなく、そのアイコン性を企業の歴史やスケール感として表現し、サインデザインの持つ可能性を広げて見せた。
 今後、サインデザインは専門性を深めながらも、さまざまな分野のクリエーションを巻き込むエンジンになりうる。人間と空間を、五感を総動員してつなぐ作業がサインデザインであるならば、グラフィックデザインの延長線上にとどまるのはもったいない。プロダクトやクラフト、照明などさまざまデザイン手法を活用した事例はすでに応募作品にいくつか見られるようになっており、こうした傾向は今後も増すに違いない。奇をてらわない表現で、サインデザインの世界を広げる作品に出会えるよう期待したい。
井原理安
社団法人日本サインデザイン協会 常任理事
 サインデザインというか、サインをデザインする仕事がこんなに幅があり、
奥深いものだと改めて考えさせられた審査であった。サイン本来の目的である
情報を第三者である受け手に伝達する機能と、それらを取り巻くイメージであ
る形体、色彩、素材などは一体となってデザインすることであるが、それをど
こまで単純化し、わかりやすくコミュニケーションするかということが大切に
なっている。第44回の大賞を受賞した『9h nine hours』の作品はデザイン
の力によって新たなインフラになるべく、プロダクト、インテリア、サインが
共有して計画された。ピクトグラムと矢印が一体となったアイコンのより一目
で利用者が館内での過ごし方がわかる表現は驚きである。
 最優秀賞の『山と風 道の駅よしおか温泉サイン計画』はこの施設の統一イメ
ージとして風車のようにまわるロゴマークをモチーフにして、爽やかで美しく
演出されたサインである。
 同じく最優秀賞の『新日本製鐵君津製鐵所 東門』のサインは製鐵会社らしいダ
イナミックで迫力のあるサインである。これだけの文字を作るのに一文字いく
らぐらい費用がかかっているのだろうか?と思うのは私ぐらいだろうか?
 そして最優秀賞の『来航時限定の天神ジャックサイン』は海外からの天神地区
クルーズ乗船客のための入航から出航まで不案内な場所での、もてなしサイン
である。これからの時代に対応すべき新たな試みとして優れている。
 優秀賞の『南アルプス市健康福祉センター/五感で感じるサイン計画』は子供
から高齢者まで幅広い人々に快適でわかりやすい計画は人間が本来もっている
五感を生かして建築空間とサインが一体化されわかりやすい。
 奨励賞にとどまった『産経新聞印刷 江東センター壁面グラフィック計画』は
トラックに積んだ紙ロールなどが実際のサイズにて繊細な線で壁面に表現され
ており、見る人に心地良い作品である。
定村俊満
社団法人日本サインデザイン協会 常任理事
 「こんな書斎が欲しかった・・」。
 最優秀賞を受賞した松丸本舗を見て、思ったことでした。若い頃無理をして購入した高価なデザイン書籍や、ずっと続けて購読している雑誌のバックナンバーなど、いつもそばにいて欲しいあれやこれやの愛おしい書籍たち。中には他人に見られたくない怪しい本もありますが、やっぱりぼくにとっては自慢のコレクションです。本棚が手狭になったばかりに身請けに出され、非業の運命をたどったものも少なくありません。
 本棚からはみ出して平積みにされたもの。読みかけでページを開いたままのもの。よく見るとインデックスの横に、手描きの文字でジャンルの案内が表示されています。そう!松丸本舗の本棚には、書籍に対する大きな愛が詰まっているのです。これを考えた人は本が大好きなのだなー!と感心させられました。大量の書籍の中から目当ての本を探し出す、という検索機能は多少低下するかもしれませんが、いまはコンピュータでアドレス検索もできますし、大きな障害にはならないでしょう。それよりも、居心地のいい自分の書斎で本と戯れる、という機能を超えたエモーショナルなコンセプトとデザインに脱帽です。
 2004年、認知心理学者のDonald Normanはデザインの感情面への作用について評価したEmotional Designを提唱しました。機能性(utility)や使いやすさ(usability)に主たる価値が置かれる現代のサインデザインに、松丸本舗はEmotional Designという小さな石を投げ入れてくれたのかもしれません。
島津勝弘
社団法人日本サインデザイン協会 副会長
 今年度のSDA賞の最終審査は、作品応募状況がD類の空間演出への応募が相当数あり、審査のバランス配分に苦労した感がある。カテゴリーにより絞り込む度合いが違うためか、全体的に少し厳しい審査となったが、応募作には強く印象に残るもの、現地を訪ねてみたくなる作品が多く、例年以上にグレードの高い審査となった。
 今年度、大賞を受賞した「9h nine hours 」は、第一印象から目を引かれたすすばらしい作品であった。デザイン的にキレイで、モダンで格好良いグラフィックサインというだけでなく、日本スタイルの少々オヤジ臭くて、薄暗い世界のカプセルホテルというカテゴリーが、海外のデザイン雑誌や建築雑誌にも紹介されるような、世界レベルになってしまった程、革新的なデザインであることだと思います。京都という場所柄もありますが、利用者層もガラリと変り、外国人が7割程度に増えた上、女性層の利用も増えていることからも、カプセルホテルというカテゴリーがサインデザインで新しいスタイルとしなり、さらにはJAPAN-DESIGNとして欧米にも新たなカプセルが生まれる予感を感じるような、刷新的なデザインであった。
 最優秀賞を受賞した作品にも、カプセルホテルのように社会の概念に衝撃を与えるような作品があった。知の巨人と言われている、松岡正剛氏と丸善書店がコラボレートした「松丸本舗」、まさに本を知り尽くす松岡氏の発想で生まれた本の空間である、決まっている欲しい本を探すには不親切極まりない空間であるが、ジャンルを問わず同じテーマで並べてある事で、日頃は手を伸ばさないジャンルのマンガ本にも手を伸ばしたくなる、不思議な空間を作り出している、すぐにでも行ってみたくなる本屋さんである。また、「山と風ー道の駅よしおか温泉」なども古い施設をリノベーションされたとは思えない、とても行ってみたくなる道の駅である。「新日本製鐵君津製鐵所 東門」なども企業の技術力の結集で完成されたゲートサインであり、これも一度見てみたいと思わせるサインであった。
 優秀賞や奨励賞の中にも、印象に残った応募作も多く、コンセプトの違いもあるだろうが、取り組みのスタンスそのものを変化させてチャレンジしている作品も多く、次年度の応募作にも大きく影響するような、とても印象深い審査となった。
武山良三
社団法人日本サインデザイン協会 常任理事
 今年度も多数の印象深い作品が寄せられたが、個人的には傾向として“ダイナミズム”と“地域貢献”というキーワードが浮かんだ。
 まず“ダイナミズム”では筆頭がB1類最優秀賞の「新日本製鐵君津製鐵所東門」だ。圧倒的な量感のあるゲートがまず製鉄会社にふさわしい。チャンネル文字をゲートの下部に続けることで製鉄の圧延を連想させるデザインも秀逸で、ぜひ現場で実物を見たいという気にさせる作品だ。B1類優秀賞の「Heart Bread ANTIQUE イオン熱田店」のファサードサインもチョコレートという商材をダイナミックに表現している。B2類優秀賞の「モリサワ新本社ビルサイン計画」は前2作品に比べると繊細な印象があるが、厚みのあるチャンネル文字と壁から床まで続けたラインが大胆で、さまざまな視点から見てみたいと思わせる作品になっている。さらに奨励賞でもB1類の「産経新聞印刷 江東センター 壁面グラフィック計画」やD類の「早稲田大学所沢キャンパス101号館」はスケールが大きく、後者は手前の陸橋ともバランスが良く、全体で見せることに成功している。
 一方“地域貢献”では、まずE類最優秀賞の「来航時限定の天神ジャックサイン」を取り上げたい。これは最近話題の中国人観光客を迎えるために街ぐるみで計画された点が評価される。仮設と常設の中間のような要求に応えるもので、今後各地の観光振興などを推進する際に好例となるものである。D類優秀賞の「富山市市内電車環状線セントラム」とD類奨励賞の「御池通まちかど駐輪場サイン」は細部まで丁寧にデザインされており、公共サインが界隈のイメージづくりを牽引する事例として評価できる。またD類奨励賞の「セントラル divo 倉敷」はパチンコホールとは思えない洗練されたデザインに驚かされた。同店は各地で展開しており、地域ごとにカラーリングなども変えているようである。今後の展開に注目したい。
 最後になったが、C1類奨励賞の「激突!天谷くん」も好きな作品だ。これは広島球場だが、街角の仮設塀などへ設置しても面白いと想像してしまう。地域らしさをちょっとしたアイデアで演出できれば、サインももっと身近な存在になるかもしれない。
宮崎 桂
社団法人日本サインデザイン協会 副会長
 今年の作品は全般的に工事費が抑えられている中で、さまざまな工夫の跡が見られた。特筆すべきは参加型、行為系の作品で、多方面で施設利用者や運営者を巻き込みながらサインを一つのコミニュケーションツールとして、アクションを起こしているものが目に付いた。まさに節約もここまで行ったか、というプロジェクトや、サイン界でもついに手作り「デコ」時代到来か、と思わせる作品もあった。SDA賞の評価基準は、造形性、情報性、先進性、社会性であるが、手作り系はこの四基準のどれにもあてはまらない。にもかかわらず人情的、あるいは物珍しさから評価されやすい。この傾向のサインの質を向上させるには、今後は、行為とともに介在するデザイナーのコントロール力が大きなカギになると思う。
 さて、今回の大賞9hoursは評価基準のどの視点においても高いレベルの作品であった。デザインはもちろんすばらしいが、一番は、カプセルホテルという今までマイナーなイメージしかなかった分野に一石を投じた点である。これは建築界で、かつてデザインという言語が存在しなかったパチンコ店などの遊興施設の計画に著名建築家やデザイナーが参入し、そうしたカテゴリーがどんどん建築デザインの対象として進化していった事例と似ている。9hoursの試みは、表面的なデザインチェンジだけに終わらず、ただの蚕棚でしかなかったベッドや寝具、諸々のグッズなどのクオリティーにまで及び、条件を見直すことでホテルの価値を変え、新たなユーザーを生み出した。サインについては、本来こうした場所でサインがここまで必要なのかと思わせる状況にもかかわらず、まるでサインがなければこの空間が成り立たないかのような主役の座を勝ち得ている。狭小スペースがプラスに働いた見事な例だ。
 世の中は刻々と変化する。応募作品を見ているとデザイナーの関わり方も一通りでないことを感じさせられる。与えられたプロジェクトの表現をどうするかの範疇に留まらず、「仕掛ける」ことで新たなデザインの領域は無限に広がっていくようだ。
宮沢 功
社団法人日本サインデザイン協会 常任理事
 サインデザインの質は年を追うごとに向上しており、過去の受賞作品の影響が見られる作品が目に留まる例もあるがSDA賞事業の良い部分ととらえていいと思う。しかし全体的な質向上の反面、サイン本来の機能としてのわかりやすさ、見やすさに関する基本的な要素を追求した作品が少ないことが気になる部分でもある。一方でサイン機能の拡大領域である演出性、空間的なアイデア・表現方法、新しいサイン機能を模索した作品が見られたことは、これからのサインの将来にとって好ましい。今年の作品では、新日本製鉄ゲートが素直なアイデアと精度を感じさせる表現、ダイナミックなスケールで企業のイメージを充分に表現しており、ゲート機能と情報機能を端的に表現している点で久しぶりに懐かしいサインデザインの優秀作品に出会えた感じがして好感が持てる。
 天神ジャックサインは、これもサインデザインの標準的な手法を使いながら期間限定のツアー客を対象に、わかりやすくデザインされた地図、標識、人によるサービスなどの連携と地域が一体となった情報サービスは、日常的な街の風景にインパクトを与え演出効果も高い、また民間が主体となることによって拡販効果と同時に精神的な面でも地域のまとまりに積極的に寄与している点評価できる。
 大賞を獲得した「nine hours」は空間全体を白一色に統一し、情報としてのサインに対し情報伝達機能と同時に、それ以上の重要度をもって空間構成要素の一つとしての役割を担わせ、空間の中でサインが持つ新たな機能の可能性を示唆している。
 日産ギャラリーコミュニケーションサインは、現在市場でフィーバー気味に注目されているデジタルサインをショウルーム全体の主要なコミュニケーション媒体として採用している点、これからのデジタルサインの使い方のひとつの方向を示唆している。しかし、デジタルサインの特徴であるネットワークによる深度の高い情報提供や空間演出としての特性などはまだ控えめな使い方で、これからのデジタルサインの方向付けにもう一歩の提案が欲しかった。
渡辺太郎
社団法人日本サインデザイン協会 常任理事
 今年の二次審査に残った、それぞれの作品を見た感想としてはここ数年の景気の悪さを払拭するような、徐々に元気を取り戻した感のある力強いコンセプトの明確な作品が目立った。大賞をとった『9h nine hours』。および最後に競り合った『来航時限定の天神ジャックサイン』。スタイルはまったく違うが、情報伝達の新しい表現を確立した作品が上位を占めた事は、今日の情報伝達デザインの成熟度をみてとれる事が出来る。
 前者は説明的な言葉を徹底的に排除し絵文字(ピクトグラム)と矢印のみのアイコニックでドライな近未来感的表現を用いたのに対し、後者は時間軸で変容する仮設性と、周到に計算されたユーザビリティの高いシステム、対象者や目指したものの違いすらあれ、そのデザインの新しい視点はまさに見事である。
 『9h nine hours』に関しての表現のドライさは、昨今Mac製品等に見られる製品マニュアルが簡略化されノイズの少ない最小限な情報になってきている現象と重なるところがあり良きにつけ悪しきにつけ、現代の言葉少ななドライな情報伝達(コミュニケーション)を感じ、とまどいながらも興味深く感じた。後者の『来航時限定の天神ジャックサイン』の情報供給の対象者が多くは中国からの来航者という、『だれにでも必ずわかる情報』が求められるのに対し、『9h nine hours』の
『わかるであろう情報』で許容される、求められる情報の温度の差も当然ながら背景には関与し最後に残ったこの対極な2作品に優劣をつけるのは正直なところ甲乙つけ難かった。 
 いずれにしても現代における、情報供給の方法論が、今までのサインデザインの定説から新しいステージに移り変わる予感を今回の審査会を通して強く感じた。余談ながら前述に『9h nine hours』のアイコニックな伝達表現が近未来的と記したが、その絵文字(ピクトグラム)と矢印の最小限な伝達表現が、大昔に洞穴に刻まれた原始時代の象形文字を彷彿するところが非常に興味深かった。
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