菊竹雪

だるまの言の葉 みんなのエッセイ
菊竹雪

Yuki Kikutake
株式会社コンパッソ
関東地区

霧に光るサイン

イタリア北部のミラノに住んでいた頃、11月から2月にかけて、夜の街を包む白く濃い霧に驚かされたことがある。霧は視界をほぼゼロにし、空港が閉鎖されることも珍しくない。ある夜、私も車を運転していて、前方がまったく見えなくなるような濃霧に遭遇した。イタリア人は霧など気にせず、信じられない速度で私の車を追い抜いていく。前の車のテールライトを頼りに運転することもできず、恐怖と緊張で心臓が早鐘を打った。

濃霧の中では方向感覚が失われ、道路標識もサインもほとんど見えない。そのとき、道路沿いの広場に見覚えのある彫刻が目に飛び込んできた。思わず胸をなでおろす。街のランドマークとして親しんでいたその立体作品が、方向を示すサインとしても機能していることに、私は強く気づいた。その彫刻によって向かうべき道を確認し、無事に帰路につくことができたのである。

日常の景観としてしか意識していなかった街の彫刻が、濃霧という極限状態では「道標」としての役割を果たす。サインが見えないとき、立体的な存在感が視覚的手がかりになる。都市に点在するアート作品が、単に街を彩るだけでなく、人々の移動や方向感覚を支える機能をもっている──そのことを身をもって体験した瞬間だった。

霧のミラノで、私は街の彫刻が示す小さな光のような存在に救われ、芸術の持つ意外な力を思い知らされた。美しさだけでなく、日常の安全や安心も担う街のサインとしてのアート。その発見は、濃霧の夜を越えた先に、街と人の関わりの深さを静かに教えてくれたのである。