Souhei Okada
株式会社エコ建築工房
中部地区
戦後、祖父が立ち上げ、父や叔父が働く名古屋の小さな町工場に生まれ、家に帰れば油と鉄の匂い。足に鉄の棘が刺さっても自分で抜き、いつか自分もここで働くのだろうと、ぼんやり思っていた幼少期。
祖父によく連れて行ってもらった千代保稲荷。意味はわからなくても、行き帰りの車窓から見える看板は、楽しいことの「はじまりと終わりのサイン」でした。
思春期には家業を継ぐことに反発し、別の道へ進んだものの、結局ものづくりから離れることはなく、 ITやデジタルの世界を経て、ものづくりに戻った二十代。 その頃、ランドスケープデザインに惹かれている自分に気づきました。素敵な景観の中には、楚々として存在を示すサインが必ずある。なんてかっこいいんだろう、こんな仕事ができたら。そう憧れながらも、図面通りの確実さを求められる現場にいた私には、遠い世界の話に思えていました。
やがて、コロナが世界を駆け巡り、その長い尻尾の先で勤めていた小さな会社を軽く跳ねていき、気づけば私は野原に佇んでいました。 その後、全く別の畑に飛び込み、右往左往する中で、ふと「昔こういうことしたかったな」と思い出し、小さなサインを作って飾っていたところ、竹内会長と出会い、それがSDAを知るきっかけとなりました。
この先、何ができるのかはわかりません。ただ、誰かにとっての小さな“兆し”になるようなモノを、いつかひとつでも生み出せたら――。若くもない若輩者ですが、そんなふうに思っています。

