Yukiya Nakagawa
株式会社中川ケミカル
関東地区
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1965年にサインデザイナー協会が発足し、SDA賞がスタートしたのは翌年の1966年。そして、1966年は、まさにカッティングシートが世に出た年でした。この共時性を、60年後の現在から振り返れば、このあと起こるサインデザインの潮流を暗示するかのようで、感慨深い思いにかられるのです。
私は、父が営む中川堂という看板屋の長男として生まれました。戦後の焼け野原の中、ゼロからスタートした家業。それを手伝う中で「機械化合理化が遅れている看板業界全体のために、新たな素材開発と技術革新をやりたい」と、父に夢を伝えたのが1961年。20歳の成人式の日のことでした。新素材開発に試行錯誤を続ける中で出会い、ブレインになっていただいたのがSDAの立ち上げにも関わっていた鎌田経世さんです。彼に誘っていただき、私は1966年からSDAの会員になりました。
当時、看板は筆で書く時代で、カッティングシートは世の中になかった素材でした。この新素材が受け入れられない、長く苦しい時代がありました。もう倒産かという瀬戸際の日々にいて、ある日、起死回生のチャンスがおとずれました。1973年、村越愛策さんによる成田空港の統一サインへの採用、同年、新幹線新型照明サインでのカッティングシートの採用が決定したのです。
まるで、夢を見ているようでした。ここを起点にカッティングシートは世の中に普及し始め、次のCIブームの波にのり、大躍進をとげました。カッティングシートを救ってくれたのは、サインだったのです。
そして、サインデザインとカッティングシートは、かけあいをするように、表現の可能性も、素材と技術も、幅を広げ、発展し、街の景色がかわっていきました。その相乗作用を活性化したのは、SDA賞とそれに触発されて開始したCSデザイン賞かと自負しています。
さらに、弊社の企業活動に対して、2005年と2018年に、日本サインデザイン特別賞をいただく光栄に浴したこともあります。「豊かで繊細な表現を可能とする素材、正しい色彩計画に基づく製品開発、CSデザイン賞、CSデザインセンター、素材の実験的空間マテリオベース、デザイン授業への協力など、サインデザインの発展を担う」と、評価していただいたことを誇りに思っています。
看板屋の倅だった私は、60年の間、サインデザインという世界に夢を抱き続けてきました。そしてその未来にも大きく期待しています。この分野の価値と可能性を大きく広げてくださったSDAに、心からの感謝と敬意を表し、60周年のお祝いを申し上げます。

