2009.05.29 四国地区 高知県高知市 国際デザイン・ビューティカレッジ

5月29日(金)国際デザイン・ビューティカレッジ(高知県高知市)にて、第16回SDA通常総会ならびに四国地区フォーラムが開催されました。四国地区フォーラムでは「LONG LIFE DESIGN」をテーマに、SDA会員の大川原 誠人氏、横田保生氏、岩田功次氏、島津勝弘氏によるパネルディスカッションがおこなわれました。
LONG LIFE DESIGNを直訳すれば命の永いデザインです。これをウィキペディアで検索すると、グッドデザイン・ロングライフデザイン賞がずらっとラインアップされます。このグッドデザイン賞をさらに検索すると「ロングライフデザイン賞=ものづくりと、私たちの生活のありかたを創りあげてきた商品のデザインを顕彰する賞。人々に愛され支持され続けた道具や機器を対象に……」という一文が出てきます。この解釈が一般的な解なのでしょう。
しかし! そうなのです! 燃え盛る心根をもつ男達の前には、こんな物わかりが良すぎる父親の説教のような言葉は無意味でしかありませんでした。4人そろって全く違うアプローチだろうとは事前に予測はしていました。しかし着地点はもちろん、コーディネータの唯一の利権である「まとめ」さえも放棄してステージに上がる羽目になろうとは……ぼくの役割はいったい何なのだ! と太平洋に向かって叫んだ次第です。あまりにも悔しいので、ここでもう一度「まとめ」に挑戦してみることにします。まあずいぶん日数も経ったことだし、当日の内容は酒に流していただいて、これは総括という名の個人的意趣返しであります。
まずトップバッターの大川原誠人さんですが、あのビデオはあまりにもカッコ良すぎです。シンポジウムの後に、密かにサイン帳を準備していたのは僕だけではなかったと思います。それでも七代続いた仕事ぶりと、神社ののぼりに代表される地域と密接に繋がった製作流通のシステムには、日本の文化を底支えしている迫力を感じました。
次は2番バッターの横田保生さんです。キッコーマンの卓上ボトル等、時代を見事に捉えた息の長いデザインは、閉塞感に苦しむ現在のマーケティングや経営の視点からも、納得の王道のプレゼンテーションでした。
急遽の打順変更にも慌てずクリーンヒットを放ったのは岩田功次さんです。SDA賞では解釈の難しい作品を毎年のようにぶつけ、別名<評価軸ブレーカー>と呼ばれている氏の面目躍如のお話でした。地球や人、生物を生き存えさせるためのデザインのお話は、フォーラムに参加していた全ての人が共感できるさわやかなメッセージでした。
ラストバッターまたは4番打者、または横綱は島津勝弘さんです。そこに住む人たちが自分たちの手でデザインを作り、守り、繋げて行く。東京では絶対にあり得ない地域ならではのデザイン手法は、デザインの本質をつく、心に響くお話でした。
といったように、まとめはおろか、整理も出来かねる熱いお話の連続安打は、会場に居合わせた全ての人にSDAの底力を強烈にアピールしたのでした。
でもやはり、そう、最後にコーディネーターとしての利権の行使をさせていただきます。
バウハウスでスタートしたモダンデザインは、「美の提供」から「課題の解決」へと100年の間にその能力を大きく進化させました。いまこそデザインは利益優先の経済の僕から脱却し、地球上のすべての人たちの幸福と社会の成熟化、さらにこの国と地域の文化の創造のためにその力を発揮すべきであります。これこそがデザインの価値を高め、デザインの命を未来まで繋げる唯一の道ではないでしょうか。

江戸時代、四国の中心を流れる吉野川は台風のシーズンには毎年のように氾濫し、稲作をしていた農家を悩ましていました。そこで、徳島(阿波)の藩主は稲よりも早く収穫でき、台風の影響を受けない作物は何だろうかと模索しました。そして吉野川の氾濫により上流から運ばれてくる肥えた土を利用でき台風の前に収穫できる藍染めの染料「蒅-すくも」作りを見つけたのです。阿波藩の熱心な保護政策のもとで藍作は飛躍的に広まっていきました。また、流通の面でも海に面しているという地の利をうまく利用し全国にこの藍を運び、量・質ともに日本一の藍の産地となったのです。
鍛冶屋町・大工町・磨屋町・瓦町など全国にある城下町には職人が町を成した地名がたくさん残されています。その中でも紺屋町にはたくさんの染物屋が軒を連ねていたそうです。紺屋(コンヤ)とは藍染めを主として庶民の野良着や浴衣などを染めていた染物屋のことを指します。私の祖先もこの紺屋から始まり、今はハッピやのぼり、獅子舞の油単やのれん・風呂敷・大漁旗に校旗・応援旗・神社の幕などを染めています。我々の仕事は、戦の時に敵味方を識別するため武将の家紋を染めたのぼりや神社の幕やのぼりを白く印を染め抜く事から、「印染」(シルシゾメ・インゼン)と呼ばれます。江戸時代の後半ごろ私の祖先はこの仕事を始め創業200年余り、私で7代目になります。
ロングライフデザイン、長生きするデザインというテーマでお話をさせていただきますので私たちが代々作り継いでいる商品を数点紹介します。
獅子舞の油単(ゆたん)は獅子舞の時に人が被る布のことで香川県では全国でも珍しく絹を素材とし、その多くは武者絵の柄を好みます。獅子の油単の作り替えは約20年、新しくなるたびに柄や派手さを競い合いお祭を盛り上げます。この20年という周期は油単だけでなく獅子を舞う使う側にも世代交代があり、若い使い手が次の時には「頭」になったりしています。神社に獅子舞を奉納するという習慣が人を集め、地域がその文化を支え、その伝統が人を代々育てているのです。
神社のぼりは神社に五穀豊穣や幸福をお祈りするため、人々が集まるために遠くからでも目につくように背の高い形をしています。本来、のぼりはお祭りの時、神様が天より降りてくる場所、目印という意味があるそうです。天からおりてくる時に見えにくかったり神様の名前を書いてあるのぼりが読みにくかったりしたら問題があります。神社のぼりの文字は独特の書体を使います。ここにお見せするのぼりの写真は私の祖父が作った今から50年前ののぼりです。どっしりとして風格がありいい文字ですよね。今年こののぼりを新調することになりました。神社に奉納するのぼりに明朝体やゴシック体のフォントやアルファベットを使うとやはりおかしいですよね。左が古いのぼり右が新しく作ったのぼりです。同じシルエットでも少しではありますがデザインを変えています。欠点を補ったり長所を伸ばしたりして現代の感覚を少しではありますが取り入れ作り直してあります。神社のぼりの商品周期は何十年もあります。作り替えるたびに大きくデザインを変えるのではなく何年もかかり世代を変えていい物を残していく事が大切なのです。
昔からある物というのは「文化」に根ざした素晴らしい物が多くこれらは引き継がなければならない物・残さなければならない物なのです。近年、使い捨ての文化が西洋から入ってきました。それらをすべて否定するのではないですが日本独特の物を大切にする、長く引き継いで使うという精神をデザインの分野でも見直していかないといけないでしょう。
仕事としての説明はこれまでにしますが、ここからは自分を磨くためにしている事を少しお話しします。出身大学の卒業生で構成するグループ展を毎年行っています。仕事としての物作り以外に自己表現の為の作品作りで自己の可能性を広げようと努力しています。アメリカの大学で教壇に立った体験から、生まれた現代美術作品「○と×」。また、現代舞踊家とのコラボレーションにも挑戦しています。こういう活動で今まで気づかなかった自分を発見し、新しい感覚や感性を磨きながら、活動を続けていけたらと思っています。

私は、デザイナーの立場から、ロングライフを意識してデザインを進めた例をご紹介します。
まずは、キッコーマン<しょうゆ卓上びん150ml>です。1958年に発売以来、日本の人口の3倍の本数が売れ、超ロングセラーデザインの代表例として良く取り上げられます。これを見るとロングライフデザインには、大きく二つの要素を見ることが出来ます。
第一に基本的機能が充実していること。ここでは、「割れない」「液だれしにくい」「持ちやすい」「製造工程にマッチしている」等です。
第二に時代対応できたこと。「家族の少人数化」「ダイニングキッチン等住空間の変化」「スーパーやコンビニの台頭による流通の改変」に対応できたことなどです。
私の仕事で特にロングライフに気を遣ったのは東京都のシンボルマークを決めるときと、JRA日本中央競馬会のシンボルマークをデザインしたときでした。都章は1889年に太政官令で定められたものです。既に100年以上生き続けています。JRAのシンボルマークもきっと長生きすることが求められるでしょう。しかし、この二つの超ロングライフは将来の時代変化を読むにはあまりにもスパンが長すぎます。そこで、せめてマークとしての基本的機能を徹底的に詰めました。東京都では出来る限りの公聴情報や使用想定シーンを吟味して、将来欠点となりそうな要素の排除に力を尽くしました。JRAでは、マークを競馬場で展開する遠距離視認と印刷物などでマークを展開する近距離での視認性の両立確保は一般的なマークに比べて必要性が高かったので、一筆書き風な構造と、線の端部の処理を工夫することで対応しました。
JR東日本標準サインデザインは明治以来100年の歴史を持つ国鉄鉄道掲示基準の改良計画です。国鉄が民営化され、サービスは劇的に変化していきます。それを支える技術や素材も日々変化しています。表示スタイルはサービスとともに変化していくことを覚悟して、護るべきは路線色を代表とした文化的資産でした。
ロングライフの作り方は他の方法もあります。オリンパスロゴのリニューアルを担当したときは、マークは変えずにオプティカルパタンという黄色い線を加えただけです。東京オリンピック招致マークも、五輪のマークはそのまま維持し、各開催都市がその地域性や時代特性を表現したロゴを付加していくやりかたで、コアとなる五輪ロゴのロングライフ化を果たしいています。この様に変える部分と生えない部分の組合せで時代対応していくこともロングライフデザインを目指す有効な方法だと思います。

ロングライフ デザイン
◆地球環境問題…足元が地球です。
今、環境の時代にデザイナーの出来る事は?
◆本当に幸せな人生ですか?
不幸な人生の方でも………未来の子供達は豊かで幸せな人生になるようにしたいですね~…
未来の子孫の為に! いま、自分【デザイナー】に出来る事は?………
◆大きな日本の社会問題は、家族の問題です。
家族を犠牲にして、お金ばっかりを追っかけない事ですね~…
◆いろいろな場所で、いろいろな方と
仕事でも、仕事以外の仕事でも、デザイナーの能力を十二分に発揮して、心も豊かな日本社会に!
……そして悔いなき【人生】になるように頑張りましょう。
◆未来を生きる子供の為に!
人類と地球の為に! 私達ならできる。

私は富山でデザイナーをしています。今日は高知へお邪魔して学生の皆さんも多数参加いただいていますが、同じ地方で頑張るスタンスは同じです。私の住んでいる富山市は写真で見ていただけるように、アルプスのように立山連峰が連なりこの時期の姿は壮大です。そんな街に3年前から走り出しているLRT/富山ライトレールのデザインをお手伝いしました。
開業からこれまで、沢山の市民の方々に参加いただき色々なイベントや取り組みを行って来ましたので、今日はその一部を紹介いたします。写真は今年のバレンタインからホワイトデーまで走っていた「PORTLOVE」という車両ですが、地元沿線の女子高生120名に思い思いのロゴを作成してもらい、自分たちで直接貼付けの作業まで手伝ってもらいました。こうして参加してもらうことで応援サポーターが増えて行くのです。次は、世界こども地球基金というNPO団体に声かけして、世界の子供達の絵で車両を飾ろうという企画に、インテリアショップのアクタスさんに協力いただき、車両内部にまでカラフルな特別車両となっています。今一番人気の車両です。
ロングライフデザインという事で、今富山で進めています「ますのすし」の老舗のデザインですが、そのパッケージは、実は横田さんの会社が40年前にデザインされたものなのですが、長い年月愛されて来たデザインは、動かす事が出来ず、ほとんどそのままに守り抜く事にしております。
こうして守り伝えることもデザインかと思います。
今日は高知へ来たことも縁ですので、高知でお手伝いをした高知医療センターの話をしておきます。この病院ではデザインは無論ですが、使われ方からネーミングまで色々配慮してデザインを進めています、例えば待ってもらう部屋を待合室とこれまで当たり前に使って来ましたが、ここでは少しでも待たなくて良い病院を目指す意味でも、少しだけここで休んでくださいという意味から、外来ラウンジというネーミングにしているように、患者さんには何が正しいデザインなのかを見極めて、患者さん中心のデザインを心がけました。こうした幾つもの病院での取り組みから生まれたのが、いのちを見守るコミュニケーションデザインです。これは病院内での小さな転倒事故などを少しでも減らすために、何かみんなが見守れるアイコンが有ればと開発されました。まだまだスタートしたばかりの取り組みですが、1件でも医療事故を減らせるようにが私達がデザインに込めた願いです。
