関西地区 吉田 恵三

関西地区担当理事
日本サイン株式会社
クリエイティブ部部長

吉田

 

サインとMac

私は昭和最後の1989年に日本サインに入社し「サイン」という分野のデザインに従事しました。当時は地下鉄、近鉄といった交通サインが業務の大半を占めていました。時を同じくして、大学時代の友人に自慢された、憧れの「Mac」という代物が会社に導入され、その頃まだ普及していなかったIllustoratorやPhotoshopなどのグラフィックソフトにも触れることができました。この28年間はサインとMacと共に歩んできたように思います。

入社当初は漠然とビジュアル(グラフィック)デザインをしたいだけの思いでしたが、いきなり交通サインに携わることになり、サインの情報・配置計画の重要性などサインのイロハから教えてもらいました。Macの方はロットリングの代わりの版下作成、カラープレゼンテーション作成前の検討をしたりといった感じで、カラー出力の環境が整ってなかったため別途着色していたことを思い出します。
そして、無理矢理この両者をくっつけて設計から製作まで一貫してのデータ化を行ったのが、1994年開港の関西国際空港での表示面製作でした。当時アウトライン化できる数少ない和文書体の中から指定書体を選定し、パソコン通信の時代でしたのでデーターは記録メディアを指定してのやり取り、デザインというよりエンジニアの域で設計していたような気がします。まさにこの頃Macに目覚め、サインデザインもさることながら日々コンピューターに向かい、このオモチャの(場合によっては無用な)スキルを積み上げてきました。

近年、回帰というわけでもないのでしょうが以前に参画した交通サインに関わる機会に恵まれました。私の当時との違いはマニュアルに基づくデザイン展開からサインシステム構築の総括的なデザインに携わるとことが出来るようになったことでしょうか。ただMacフリークは、JW-CADを動かすレイヤーソフトをググってみつけては使ってみたり、リモートでWindowsを動かしデータ共有してみては喜んだりと無用なスキルも積み上げるのは相も変わらずです。このサインとMacとのお付合い、まだまだ続きそうです。

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